ふと気がつくとあちらこちらに、春の息吹。 今年も、桜の季節になりました。 寒い箱根山のアトリエ桜は マイナス20度にも耐えると言われている強いマメザクラ。野生種です。 その名の通り、花のサイズがマメのように小粒で 風に揺れる姿が可憐です。 山の上に訪れる春は、華やぐ下界の街中よりも遅いですが このマメザクラが開きだすと、野鳥たちの巣作りや産卵も始まり 付近がそれはそれは賑やかになるので 1輪咲くごとに春の足音を聞いているような、そんな暖かな気持ちになります。 そして今ではもう、この少し小振りな桜の姿に目が慣れてしまっているので 山を降り、ソメイヨシノに出逢ったりなどした日は 花の大きさやそのゴージャスな咲きっぷりに驚き まるで初めて桜を見た外国人のように魅了され、思わず立ちすくんでしまいます。 ソメイヨシノは一輪一輪が大きいだけでなく ぎゅっと密集して一斉に咲くのでかなり見応えがあり その光景はまるで、花の雲海のようだなぁといつも思います。 そんな日本人には身近な春の象徴、桜。 ですがイタリアに在住していた時代の私にとっては なかなか出逢えない幻の春の景色でした。 毎年暖かくなる度に、遠い日本の春を心の中で思い描きながら 桜の花びらが風に舞う空の色を夢見ていました。 「桜が見たい? いいよ、行こうよ!」 そう言われて見に行った桜の木も、たどり着いてみると... ...あれ? 確かに花の形は桜に似ていたものの 花のやわらかさというのでしょうか、雰囲気なのでしょうか うまく言い表せないような何かが妙に違っていて 祖国の桜への想いが、却って増幅して行った事を懐かしく思い出します。 後々調べてみたら、彼らが桜と信じていたその木はどうやらアーモンドの木だったようで 同じバラ科サクラ属の植物でもこんなに雰囲気が違うとは!と感心しました。 その瞬間、脳裏を過ったのは、青い空をバックに咲くアーモンドの花の油彩画。 その昔どこかで目にした、ゴッホが描いたあの作品です。 やはりヨーロッパの人々には、桜よりもアーモンドの花が少しだけ身近にあるのかもしれません。 そのソメイヨシノ。 ある日、街に降りようと運転していた車のラジオから 桜の話題が流れてきました。 「ソメイヨシノって、実はクローンなんですよ。」 「えぇ〜っ!そうなのーっ?!」 車内にハモリながら響く、ラジオのコメンテーターと私の声。 ラジオに話しかけてしまうとは! 自分でも笑ってしまった程です。 春の中に揺れるあのやわらかな姿と、「クローン」という何やら怪しい響きがあまりにもミスマッチで しかも日本中にあるソメイヨシノは全て同じDNAを持つものだ!などとと聞いてしまうと かなり大きな衝撃を受けてしまいます。 不思議な感覚を抱きながら、続きの解説に耳がダンボに。 するとどうやら桜は、同一個体同士では受粉できない植物なのにもかかわらず あたり一面に咲くソメイヨシノは、お隣の木もその向こうも全て同じ遺伝子情報を持ってしまっている。 その為、接木をするなど、人間の手を借りないと自然には増えていけないとの話なのです。 とすると…ソメイヨシノにも稀にできるあのさくらんぼの中にある…タネは?? ナゾは深まるばかりです。 その上驚いたのは その「ソメイヨシノ」という種類の中にも、どうやらまた違った種類の桜が幾つもあるそうで その日のラジオ番組は、運転しながら「うんうん」と頷いたり 「ほぉ〜!」と驚いたり。かなり興味深い内容でした。 毎日が発見。この世界は驚きの連続です。 まだ冬もそこにいる早い時期から咲き始める、ピンク色の強い伊豆の土肥桜や河津桜。 煌びやかなソメイヨシノに八重咲きのシダレ桜 そして山の可憐なマメザクラに赤い葉っぱとのコントラストが可愛いヤマザクラ。 何百種類も存在するという、この桜という花々。 春のそよ風が桜の香りを運び、花びらが街中の大気に舞い踊る季節 1輪2輪と開き始めるアトリエの桜に、心が躍ります。 そして花々に惹かれるのは絵筆を動かす私だけでなく、空をゆく野鳥たちも同じ。 花の蜜に引き寄せられ、枝の周りをクルクル。 クチバシに花をくわえたり、可愛らしい姿です。 巣箱では、シジュウカラのカップルが巣作りを始めました。 どこから見つけてきたのか、白い動物の綿毛のようなふわふわなものをクチバシいっぱいにくわえて 巣箱のちいさな入り口からせっせと運び込んでいます。 そして日向の地面には、野生のキジのカップル、キジ助とマルちゃんが仲良く並んで日向ぼっこ。 彼らが立ち去った後、そっと庭を歩くと 彼らが日光浴用に掘った、すり鉢状の凹みが今年もあちこちに見られます。 朝晩はまだ肌寒い山の上。 野鳥に囲まれた箱根山の春は、まだ始まったばかりです。 2024年4月17日 春のさえずりが窓辺に響き渡る...山のアトリエより。 高野倉さかえ