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コイとタケノコの国


ようやく温かみを増した空に鯉のぼりが泳ぎ、下界よりちょっぴり遅い桜の花もようやく開いた5月。
ウグイスやシジュウカラ、ヤマガラやメジロにキジの声が激しく響き、箱根の森はとても賑やかです。
そして食卓には季節の味覚、掘り立てのタケノコが増えてまいりました。

美味しい美味しいタケノコ。
イタリアでは手に入らなかったずっしりと大きなそして新鮮な春の味覚。
でも料理をするのは一苦労です。
大地の香りのする重たいかたまりを前に、包丁で切れ目を入れて皮を剥きます。
その皮の量の多いこと多いこと…!
一瞬にしてシンクは皮だらけ。
どこまでむいたらいいのか、毎回不安になるほどです。

でもちょっと待って、
この姿ってなんだかまるでデキる日本の主婦みたいだわ!
一瞬のうちに現実逃避に走る頭の中では、すっかり和服に割烹着姿の想像上の自分に酔いしれ、
てんやわんやのキッチンはたちまち純文学にでてくる美しい台所に大変身。
そしてふと実感します。
あぁ、巷の日本女性の皆さまは、
こんな大仕事を毎日テキパキと、なんなくこなしているのだわ!と。

今思うと、和食の技術も大して身につけないまま、私はイタリアへ旅立ってしまいました。
生のタケノコに初めて触ったのもつい最近。
ほんの2年前まで一体どこから手をつけたらいいのかすら見当もつきませんでした。

ある日、ご近所の方が持ってきてくださった、採れたての大きなタケノコ。
「ヌカも入ってるからね〜🎵」と、
爽やかに去って行ってしまったその方に大きく手を振りながら、
残された私はずっしりと大きな袋を手に、思いました。

「...ヌ...カ...???」

聞き間違えたのだろうか?
そうでないとしたら、なぜヌカなのだろう?と首を傾げながら袋を開けてみると、
まだ土のついたタケノコの隙間に、なにやらオガクズのような粉の入った、ちいさなビニール袋がひとつ。
これが...ヌカというものなのだろうか…?
そしてネットで猛検索です。

「タケノコのさばき方」

画像付きの説明や動画、細かい解説が出てくる出てくる!
こうして見てみると、調理法に困るのはどうやら私だけではなかったようで、
ネット上にはそれはそれはたくさんの情報が溢れていました。
ヌカというものは、アク抜きやエグミ抜きに一緒に煮るとか。衝撃です。
皮の部分も、私一人だとどこまで剥いたらいいのかさっぱりわからず、
食べる部分はどんどん小さくなるばかりで…。

思えば、いつの間にか、世界は本当に便利になっています。
ネットのない昔だったら、図書館に走るかまたは先輩の皆さま宅のドアをノックするか。
時間帯によってはそれも不可能だったり。
今ではいつでもどんな時でも、ネットが答えを教えてくれる。
地球の裏側の友人とリアルタイムで顔を見ながら笑いあうことができたり、
携帯電話のなかった時代に起こったような、待ち合わせに会えないことも今では皆無。
私は少し古風なのか、この便利さが不思議で不思議で、
なんだかどこかはがゆく思えて、
ドキドキしながらダイヤルを回したあの頃の感覚を、今でもよく夢に見ます。

あの頃は会いたい人を思う時間自体が、とても暖かで恋しいもののように思え、
ようやく会えた人々と一緒にいられる時間が、まるで宝物のように感じました。

便利な時代になって、ふと周りを見渡すと、
友達同士でいても、ファミリーでも、恋人同士でも、
一緒にいるのに一緒にいない人たちがたくさん。
手にはいつもスマートフォン。瞳はいつもその画面をみつめていて、
心はネットの向こう側に吸い込まれているようです。
遠くにいてもいつでも会える。でも近くにいても、いつでも少し遠い。
便利さと引き換えに失ったもの。
それはそういうことなのかもしれません。

「落し蓋をしながら、煮詰める」

そういえば、イタリアでは落し蓋に一度も出会いませんでした。
日本独特の文化なのでしょうか? 謎は深まるばかりです。

鯉のぼりシーズン真っ只中。
下界の小田原の空には、かまぼこ屋さんに涼しげな青で揃えた鯉のぼりがハタハタ。
ようく見てみると、鯉ではなくカツオのぼりでした。
今年もゴールデンウィークで賑わう元箱根です。

2018年5月1日
高野倉さかえ

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