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Spazzacaminoの秋


9月に入るといきなり気温がグングンと下がり始め
山の朝夕は軽く15度を切る寒さ。
慌てて夏用のクールシーツを暖か仕様のものに変え
早くも掛け布団2枚に包まって眠ります。

今年は雨が多い夏でした。
激しい雨と湿気にとろけてゆく花あり、逆に例年以上に咲き誇っている花あり。
そんな中、激しい雨粒や風にも負けず、西洋フジバカマが元気に咲き乱れています。

2年前にちいさな鉢植えを買い、庭に地植えしたこの花。
アメリカなどの自生地では池や川などの水際に群生しているということなので
おそらく、箱根の水分の多さがお気に召したのでしょう。
放任派の私のもとでも、年々驚くほど増えていて嬉しくなります。
フジバカマというと、秋の七草を思い出しますが
この西洋フジバカマは日本のそれよりもかなり華やかな色合いで
花色だけを見ると、カッコウアザミに良く似ているような青紫です。
そのホワホワした淡い青紫花と明るめの緑葉のコンビネーションが美しく
日々ワイルドさを増す庭の中でも良く映えて印象的です。

そんな秋の日。
煙突掃除屋さんがやって来ました。
毎年恒例の薪ストーブ点検は、部品をひとつひとつ分解してゴシゴシ。
その丁寧な仕事っぷりを見ていると、いつも感動します。
まずは薪ストーブの前に大きな毛布を一面に敷き、道具を並べ
強力な掃除機をブオ〜ンと延々回しながら
ストーブの部品を分解して毛布の上へと並べて行く。
墨色の灰ですごく汚れる作業なのに、全く周囲が汚れない。
日本人ならではの鮮やかな仕事っぷりを見ながら、ふと、心はイタリアの日々へと時間旅行です。

夏色の空気が去って行くと、イタリアでは
玄関ドアの前に、いつの間にかカラフルな張り紙が貼られていることに気づきます。

「Spazzacamino - pulizia canne fumarie e caminetti」

そうか、もう煙突掃除の時期なんだ。
フィレンツェに住み始め、初めてその張り紙を見た時
日本人の私には、その「Spazzacamino」という言葉が
なんともエキゾチックに響いたことを覚えています。

「...ステキだ!」

どんなお仕事っぷりなのか見てみたい。ウチにも是非来て欲しい。
いつしか出会うであろう煙突掃除屋さんの姿を想像しては、若き日の私の心は踊りました。
そんなことを考えながら、数年。
移り住んだサンタクローチェ広場前のアパートに、いよいよ古い大きな暖炉を発見したのです。
が、そこは旧市街のど真ん中。
他の暖房機器も一応順調に動いており、前の住人も暖炉は全く使っていなかった様子。
これはまずあの専門家を呼ぶしかないと、憧れのSpazzacaminoに電話をかけました。

「ピンポ〜ン♫」

いよいよやって来ました!
当時インターホンなどついていなかった旧市街の古いアパート。
きしむ2階の窓を大きく開けて下を見下ろすと、そこには道具をいろいろ背負ったおじさんが立っています。
その姿を見た瞬間、頭の中にはあの映画の曲がぐるぐると回り始めました。
それはもちろん、チムチムチェリー。
そしてメアリーポピンズが共に歌い踊ります。
そんなバックミュージックが流れているとも知らず
煙突掃除人のおじさんは、謎の日本人が見守る中
早速暖炉に頭を突っ込み、屋根まで続く煙突の状態をチェックします。

「...あ〜ダメだね、こりゃ。塞がってるよ。」

衝撃の一言に呆然とする私に、おじさんはこう続けました。

「街中のアパートはよくあるんだよ。リフォームを繰り返すうちに途中で閉じちゃってるんだよね。」

そう言いながら煙突に長い棒を差し込むと、確かに途中で「コツン!」と硬い音がします。

「ということで、帰るわ。」

見事な仕事っぷりを見ることもなく
あっという間に終わってしまった、Spazzacaminoの1日でありました。
おじさんが帰った後も、頭の中では寂しくチムチムチェリーが流れ続けていたのを覚えています。
ある若き日の、懐かしい懐かしい秋の想い出です。

2021年9月10日
グレン・ミラーの流れる...アトリエの窓より。
高野倉さかえ

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