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Towards the Wonderland 不思議の国へ


11月の街並。石畳に響く靴音。
鮮やかな青空を見上げると、街は様々な香水の香りに包まれ
賑やかに響くのは、音楽のようなたくさんの言葉たち...

帰ってまいりました。そう、あの不思議の国へ。
フィレンツェへの里帰り。久し振りです。

前回から少し間が空いたので、想い出の場所をひとつひとつ辿りながら
大好きな場所が残っているかのチェックです。
旧市街の中の多くの人々で賑わう場所を右へ左へと上手にすり抜けると
さっきまで人々の残り香に包まれていた大気が、少しずつ少しずつ、秋の葉の香りへと変化してゆきます。
丘の上へと続く狭く急な坂道。
地元の人々しか通らないような厳しいそして静かな道を、息を切らしながら一歩一歩登りつめます。
急な角度に登り行く道を眺めながら、ふと、思います。
そういえば、ここも元箱根も、急坂の激しさがよく似ているな...と。
それでも体が軽く感じるのは、里帰りの喜びのせいでしょう。
ガタガタの角度の石畳は、今も変わらず私の足を挫こうとしている模様。
あぁ、この石畳に何度靴の踵をやられた事でしょう...と、歩きながらひとり思い出し笑いです。
この国の石畳は、角度がまちまちなのはもちろんの事、ところどころ「ハズレ石」があります。
そう、それはいろいろな意味で「ハズレ」で、足を乗せるとガタッと激しく動くのです。(笑)
雨上がりの日などにはさらにオマケが。ハズレ石の下に溜まった雨水が、踏むと同時にビチャっと足元を濡らすのです。
この国はいつも欠かさず私を驚かせてくれるなぁと、すっかり汚れてしまった足元を眺めながらよく思ったものです。
足先の全ての筋肉をフル活動させながら、上手くバランスを取りつつ歩く古い街並。
どれだけ経験を重ねても、新たな発見に驚きが止まらない、そんな毎日です。

古くから慣れ親しんできた街中の大好きな店たちの多くは、ピカピカに輝いた外国の有名チェーン店へと変わってしまいました。
用もないのによく通ってはおしゃべりをしていた写真店。美しいアンティークコインと切手が並ぶ近所のちいさな店。
そして古き良き時代のフィレンツェの雰囲気をたくさん残していた、あのカフェも。
少し哀愁を帯びた心で坂道を登ると、あぁ良かった。
人通りのかなり少ない隠れたところにある宝石たちは、今も変わらずそこで私を待っていました。
風化した壁に揺れる、紅葉した蔦の葉のカーテン。
繊細な彫刻が施された、美しいドアの金具たち。
その昔ワインを渡していたという、ちいさな窓の名残。
そして...何の香りなのでしょう?
この街で最初に住んだ家の香りにも似た、胸を打つ懐かしい香りが風に乗ってやって来ます。
誰かが窓を開ける音。
少し疲れた車が石の道を強引に登り行く騒音。
見知らぬ人々と交わす何気ない会話と笑顔。
そして...大空に響き渡る鐘の音。
その全てが、かけがえの無い私の宝物。
不思議の国を流れ行く時間の色彩を感じながら、胸が熱くなります。

バスや路面電車も頻繁に走り回り、前より少しだけ便利になったようなこの街フィレンツェ。
それでも私は変わらず、のんびり慌てずの完全徒歩派で過ごしております。
ダンテがベアトリーチェと出逢い、レオナルドがヴェロッキオに学び、巨大な大理石の塊からあのダヴィデが生まれたこの場所。
日々の歩みの中でその風景の数々を感じ、新たな作品を生み出そうと励む毎日です。

2025年11月16日 鮮やかな色彩の不思議の国より。
高野倉さかえ

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