日曜日の箱根山。 いつもなら人々の訪れで賑やかになるこの日も 今日は驚くほどの静寂に包まれています。 果てしなく真っ白な綿雪が空から舞い降りる日。 そしてそれはどんどん積もり、久し振りの積雪量になりつつあります。 前日は雲ひとつない、どこまでも爽快に広がる青い青い空。 そう、うっかり者の春が、まるで約束の月を間違えて早めに顔を出してしまったような 穏やかで本当に暖かな1日でした。 そして一晩明けると、まるで別世界のような真っ白な空から やわらかな雪がたっぷりと降り注いでいます。 かなり久し振りの雪の舞に、我が家のネコもびっくり顔。 美しい空からの贈り物に見惚れています。 そんな2月。 今年はイタリアの景色を画面でよく見かけます。 "Milano-Cortina d'Ampezzo" そう、冬季オリンピックがあるからです。 あまりスポーツに興味がない私ですが、いつも楽しみにしているものがひとつ。 "la cerimonia d'apertura"。開会式の様子です。 大きなイベントがある度、必ずと言って良いほど準備が遅れてしまうイタリア。 でもその最大の魅力は、圧巻の創造性とデザイン力です。 開会式が始まり、様々なダンスが繰り広げられる中、今回一番の感動で心を震わせたのは 空から降りて来る絵の具のシーンでした。 その下にはたくさんの音符たちが踊り 会場の各方向から中央に向かって、カラフルな人々が徐々に進んで来ます。 ようく見ると、エスプレッソを作る”モカ”が笑顔でポーズ。 そしてピノッキオの大群がいたり、美術館から飛び出して来たような絵画たちが踊っていたり 大きなクリップを掲げて踊っているのは、ファッションデザインの妖精にも見えます。 そしてそれぞれが、本当に楽しそうに独自の踊りで動いているのです。 もしこれが日本だったら、きっともっと動きの統一性が完璧に仕上げられていた事でしょう。 ですがここでは、ある程度同じ動きをするダンス場面でも皆の動きは揃ってなどいません。 それはまるで大好きなおもちゃ箱をひっくり返したように、賑やかでランダムな動き。 あぁお隣とぶつかって転んでしまうのではないだろうかと、時には心配になるほどの その一見揃っていない動きがまた素晴らしく魅力的で、気づいたら涙腺がすっかり緩んでおりました。 そのオリンピック。 雪や氷の上で軽やかに頑張るアスリートたちを見ながら、ふと、思い出した景色があります。 それはもう何十年も昔、長野オリンピックがあった年のこと。 当時イタリアに住んでいた私は、古いブラウン管のテレビに映る遠い日本の雪景色を見ていました。 イタリアではあまり知られていなかった「長野」という地名。 イタリア国内のコメンテーターやアナウンサーたちは、それぞれ全く違う発音でこの「Nagano」の地名を発音していた為 あちこちで少々混乱がありました。 ある人は最後の「ノ」を強くあげて「ナガノォ〜↑」。 そしてある人は2番目の「a」を強く挙げて「ナガ〜↑ノ〜」。 一体どれがそしてどこにアクセントを置くのが正解なのか、番組の最中も出演者たちが楽しそうに語り合ったりしていました。 そして人々は、日本人の私を見かけるとこれはチャンスと話しかけて来ます。 話の内容はもちろん、これ。 「Naganoのアクセントはどこに置いて発音したらいいの?」 「本当の発音はどうなの?ちょっとNaganoって言ってみて!」 こんなにたくさん「ナガノ」と発音した事は未だかつてなかったなと、自分でも驚くほどに その年は何度も何度も、人前でその地名を口にしました。 皆さんの日本への興味に、オリンピックという祭典の影響力と偉大さを改めて実感した一幕です。 さてさて、この感動が冷めないうちにアトリエ作業に没頭する事といたしましょう。 外ではまだ、美しい静寂に包まれて雪の妖精たちが舞い踊っています。 この後は気温も久し振りにマイナス二桁になる模様。 氷の世界を見つめながら靴下2枚と指なし手袋、たくさん着込んで絵筆を滑らせます。 スケートリンクに舞う、軽やかなアスリートたちのように。 2026年2月8日 雪景色の中、氷柱も成長を続ける...アトリエの窓より。 高野倉さかえ