それはある日の出来事。 どこからともなく甘い甘い香りが漂って来ます。 この甘さは...まさにバナナ! でもバナナの木など周囲には見当たりません。 不思議な芳香を放っている先には1本の樹木。 緑の少しツヤッとした葉の中に、まるで実にも見えるような4〜5cmほどの蕾をたくさんつけています。 近寄ってみるとその蕾たちはやや開き始めているものもあり クリーム色の花びら1枚1枚に鮮やかなマゼンタ色のフチどりがとても美しく効いています。 今まで見た事もないようなこの花。 さて、どうやって名前を調べましょうか。 「樹木」「バナナの香り」 自分でも笑ってしまうような簡単な検索ワードをとりあえず入れてみると こちらの花色と同じような画像があっさりヒット。 答えはめでたくすぐに手に入りました。 「カラタネオガタマ」 想像とはやや異なる和名でしたが 英語では納得のネーミングの「Banana shrub」 バナナツリーやバナナブッシュとも呼ばれているそうです。 モクレン科に属するというこの花。 そう言われてみると確かに花びらの雰囲気がちいさめのモクレンといった感じがします。 時期的にまだ早いのか、それともここまでしか開かない作りなのでしょうか? 開花しているものは全てほんの少しだけ。 ちらっと中が見えるかな?程度の、かなり控えめな花びらの開き方です。 それにしても...少ししか開いていないこの花の香りの甘いこと甘いこと! これでは目を閉じていつまでもその場所にいたくなってしまいます。 大気が動くと、たちまち周囲一帯をうっとりさせてしまうような本当に良い香りです。 Profumo dolce 甘い甘い香り。 風に乗ったこの甘さに魅せられた虫たちがあちこちからやって来て 受粉のお手伝いをする仕組みなのでしょう。 その甘さに酔いしれながら、ふと蘇った異国の想い出。 それは私がフィレンツェのアカデミアで学生になったばかりの頃。 住んでいたちいさなアパートでの出来事です。 そのアパートは「quarto piano」。直訳すると4階になります。 ですがイタリアでは日本でいう1階を「piano terra=地上階」と呼んでいる為 エレベーターのある場所では1階部分は「0」や「T」と示されており その後順々に「1階=日本でいう2階」「2階=日本の3階」と 少しややこしいですが1つずつ呼び方がずれていっており 住んでいたquarto pianoは日本でいう5階にあたりました。 しかも天井がかなり高い造りの家が多いので 4階と呼ばれる当時のアパートの窓を見上げると日本の5階よりももっと高く 思った以上に上空の方の階という印象になっていました。 この壁面をあそこまで登って来る泥棒さんはいないだろうと 蒸し暑い夜などは窓を大きく開放したまま眠る事もよくあった程です。 そしてやって来たある朝。 寝ぼけ眼をこすりながらキッチンへ歩き、ミネラルウォーターのボトルを手に取ると カウンターの上に何やら黒いリボンが置かれているのです。 「ん?昨日こんなリボンあったっけ?」 そのリボンは長く、長く、とてもとても長く 床を這って壁をつたい...なんと窓辺にまで続いているではありませんか! 「!!!」 大きく開け放った窓の外を見ると そのリボンは外壁にも長く長く続き、地面にまで到達しておりました。 アリの大群です。 この距離を旅して来るなんて!それほど美味しいものが我が家にあったのかと見てみると キッチンには昨晩使ったハチミツが微かに残っておりました。 その甘い香りが彼らを引き寄せたのか...それにしてもこの長い距離です どうやってここまでやって来たのだろうと、ゾッとしながらも妙に感心してしまい まるで小学生のように、しばらくその働き者のアリたちを見つめてしまった覚えがあります。 蒸し暑い月夜の晩。 美味しい甘味を求め、歌いながら壁面を登るちいさなちいさなアリの皆さんたち。 困った出来事ではあったものの、想像すると微笑ましい限りです。 「フェッフェッ!」 風に揺れる緑の美しい季節。 今年も鮮やかな羽色になったキジ助が、今日も庭から呼んでいます。 2026年5月18日 キジやコジュケイの歩き回る...山のアトリエより。 髙野倉さかえ