ふと言われた。 「なんでドアノブが真ん中にあるの?!」 「え?真ん中にあったよ?普通よ。」 思えば、引っ越し魔の私がイタリアで住んだ数々の家のドアはいつも重く そして鍵を回す際に持つドアノブは 鍵穴のすぐ上ではなくドアの真ん中付近に位置していました。 確かにこうしてみると、日本ではドアノブと鍵穴はセット。 大体が同じ箇所に固まって配置されているのが一般的なようです。 ですがイタリアのドアノブと鍵穴はとても自由に 別の位置につけられている事の方が多くありました。 それが日常になってしまっていた毎日も、日本に戻ってみるとなるほど 少し変だったのかもしれません。 そして鍵を忘れると一大事になるアパートのドア。 鍵なしでは外から入れないというそれは、ホテルのドアと仕組みが似ています。 たとえバスローブ姿であっても、頑張ってフロントに行けば解決するホテルなどとは異なり アパートの場合は、どうにもこうにも家に入れません。 そういえば裏の窓が空いていたハズ!なんとかそこから入れないだろうか? いやいや、そんな事をしている姿を見られたりなどしたら間違いなく通報されてしまう...。 大変な状況に落ち入り、血の気が引いて真っ青になります。 そんな大惨事を避ける為、当時の私は玄関ドアを開ける時必ず鍵を握りしめていました。 それは訪問者にほんの一瞬扉を開ける時でも、です。 うっかり者の私の事。 ご近所の方とおしゃべりしているうちに、あ!と言う事になりかねないからです。 イタリアの鍵。 生まれて初めてそれを手にした時、その形は衝撃でした。 大きいのです。日本人の私にはとても! そしてがっしりと重く、妙に長い。 大家さんから最初に鍵をいただいた時、一体何の鍵を手にしたのかと思いました。(笑) これから住む初めての家。深いアンティークの色味で輝く真鍮製のドアノブと巨大な鍵。 そして鍵穴に差し込んだ長い鍵は、なかなか扉を開いてくれません。 「...あれ?」 鍵を回したのに、なぜか開かない重い扉。 それを見た大家さんのオシャレな老婦人はこう言いました。 「何してるの?ほらもっと回して!」 ガチャッ! 「...もう一度早く!」 ガチャッ! 結局その扉は鍵を3周も回した後にようやく私を迎え入れてくれました。 それからというもの、大学の授業を終えて自宅に戻る度、私の心は想像の世界に包まれていました。 年季の入った古いドアは、ただ重いだけでなく 細部が微妙にうまく合っていないのか、鍵を回し始めるのさえ一苦労でした。 重厚な音を立てて回る鍵。 そしてドアノブにほぼ体重をかけながら押し開けるドア。 それはまるで「謎の東洋人、巨大金庫を開ける」という映画のワンシーンです。 「扉を開ける」という単純な作業が これほどまでにドラマティックであった事がいまだかつてあっただろうか?と思うほど。 そしてその鍵の存在感は、出掛ける際にも大きなものでした。 バッグの中に、ずっしりどっしり! あれ?鍵どこだったかな?などと探す手間などありません。 そして慣れとは恐ろしいものです。 そんな生活を何十年もした後に手にした久し振りの日本の鍵は バッグの中でよく行方不明になります。 あっという間に、外の景色は9月。 扉の向こうには新しい秋がチラチラ。 自然の緑は少しずつ、とても暑かった夏から新しい季節を迎えようとしています。 2026年9月10日 大好きな秋が待ち遠しい...山のアトリエより。 (来月は「窓」のお話をお送りいたします) 髙野倉さかえ