Sakae Takanokura

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Storia di Finestre 窓のお話


大気に少しずつひんやりとした色が感じられ
窓辺には大好きな香りが漂い来るこの季節。
金木犀の秋がやって来ました。
庭からちいさな小枝をひとつ切り、室内に持ち込むだけで
仕事中のアトリエまでもが、あぁ、なんて素晴らしい空気に満ち満ちて来る。
米粒ほどのちいさなオレンジ色のこの花々が、これほどまでに豊かな芳香を奏でるとは!
毎年の事ながら、ただただ感動してしまいます。
幼い頃から変わらぬ、1年で1番好きなこのルーティーン。
瞳を閉じて、大気の流れに花の香りを探す日々。
大空いっぱいの新しい秋を深呼吸しています。

さて今月は先月の「扉のお話」に引き続き、「窓」のストーリーといたしましょう。

イタリアでの生活で、最初に心に響いたもの。
それは窓の向こうの景色でした。

引き戸アルミサッシが非常に多く使われている日本独特の住文化。
しかしそこから半日飛行機に乗って辿り着いたフィレンツェには、そんな窓はどこにもありません。
左右2枚の戸を両手で大きく開ける両開き窓、それもその多くが年季の入った風格のある木製窓です。
また防犯上の都合なのか、出入りが可能な掃き出し窓はあまりなく
大体は腰の高さから上に設置されている、いわゆる腰高窓です。
窓辺に肘をついたり身を乗り出したり、外の景色を愛でるにはちょうど良い高さです。
「A Room with a View」
James Ivory監督のあの映画「眺めのいい部屋」でみたあの両開き窓の生活。
なるほど、これは窓辺で過ごす時間が格段に増えそうだと思いました。

「あなたのお部屋、大きい良い部屋をとっておいてあげたわよ♡ 中庭に面した方はすごく小さいから...」

廊下の奥、案内された最初の部屋。でもそこには残念ながら良い眺めはありませんでした。
中庭側と外庭側の地面の高さが違うせいで、外庭に面したその部屋の窓は上の方の非常に高い位置についており
とても腰高窓と言える高さではありません。
爪先立ちでようやく顔が出せるくらいの高さに、その窓はありました。
思い切り背伸びして見た窓の向こうには、大きな外庭の地面のレベル。
自由に伸びる草花の中には、1匹のカメがゆっくりゆっくりと歩いておりました。
目の高さに地面。そしてカメ。衝撃的です。
それはまさに最初の部屋に落胆した映画の主人公ルーシーと同じような状況でしたが
カメと目が合った瞬間に大笑い。たちまちコメディー映画になってしまいました。
カメ吉くんの見える窓の大きなお部屋。
ですがやはり、大家さんの推しでなかった方の、中庭に面した小さいお部屋と交換していただくことになりました。
窓の前に置かれた机、手洗いの水道とベッド。2番目のお部屋は確かに極小です。
ですがその小さな部屋の窓の向こうには、陽光が輝いていました。
そして何より、窓の向こうの風景がとても澄んでいる!
そう、日本では当たり前になっていた「網戸」がないからです。
思いっきり両手を広げて開く窓。
毎朝その窓を開けるのがどれほど楽しみだった事でしょう。

トスカーナから始まり、リグリア州、ピエモンテ州と、その後も数々の街に移住する機会に恵まれましたが
どの地方にも両開きの窓たちが、私に新しい色彩を運んでくれました。
そして網戸のない生活のファンになり始めた、ある日の事。
大きく開かれた窓から、様々な訪問者が足を運び始めたのです。
蚊はもちろんの事、ハチやセミ、スズメやハトなどなど。
その中でも一番恐ろしかったのは、コウモリとスズメバチでした。
イタリアの友人曰く「あぁ、よくあるよね〜」。
どうやら日常茶飯事のようで、驚いた様子すらなかったところがまたさらなる驚きでした。
そんな経験をしても、網戸をつけようとしない大らかな国民性。
それは果たして、単に網戸の設置が難しいタイプの、外側に押し開く窓の構造上の問題だけなのか?
それともただただ自然の風景を遮る網戸が嫌いなのか...?永遠の謎でございます。(笑)

そんなハプニングに見舞われても、網に遮られていないクリアーな風景は本当に綺麗でした。
朝も、昼も、夜も。
これほどまでに澄んだ色彩を楽しめたのは
外の世界と室内の仕切りがほぼないようなあの大きく開け放つ窓のおかげだったのでしょう。

オリオン座流星群がもうすぐやって来る今週。
ひんやりとして来た夜空に遥か彼方からの旅人が煌めく、あの窓の風景が懐かしい10月です。

2026年10月19日
流れ星を待つ...山のアトリエより。
髙野倉さかえ

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